● ようこそ!岡山朝日高校同窓会のページへ! ●
世界で活躍する同窓生からのメッセージ(敬称略)
平松 正顕  (平成11年卒) 台湾 新竹市

宇宙を見ながら人を知る

 チリ・アタカマ高地の標高4800m地点に設置された
 電波望遠鏡ASTEと筆者。
 パラボラアンテナの口径は10m。

 「天文ならアマチュアでもできるよ。」そう言われた高3の進路相談を無視して天文学の道に進んだ私を迎えてくれるのは、地の果てと言ってもおかしくないくらいの荒れた大地と、青を通り越して黒みがかった深い色の空でした。

 しかしそこは、輝く星々に導かれて世界中から天文学者が集う「宇宙にもっとも近い場所」。宇宙の、惑星系の、生命の「来し方行く末」を問う営みが行われているのは、チリ北部・アタカマ高地。アンデス山中標高5000mに広がるこの高原に、最高の観測条件を求める世界中の天文学者がこぞって望遠鏡を設置しています。

 私が大学院で博士号を取得し、台湾の中央研究院天文及天文物理研究所(ASIAA)に博士研究員として着任してから2年が過ぎました。「台湾で天文学の研究をしている」という話をすると、決まって「台湾って星きれいに見えるの?」という質問が返ってきます。島の中央部を北回帰線が走る文字通り「半分熱帯」な台湾では残念ながら天気はあまりよくなく、天体観測に適した場所は多くありません。
 だからこそ、観測適地を求めて時には地球の裏側まで行くのです。
 その場所が人間の生存にとっては過酷な所であるとしても。

 私が勤める研究所では、米国のハーバード・スミソニアン天体物理学センターとの共同プロジェクトとして、ハワイ・マウナケア山頂に電波望遠鏡SMAを運用しています。口径6mのパラボラアンテナ8台からなるこの電波望遠鏡は、日本の国立天文台が運用するすばる望遠鏡のすぐお隣に位置しています。雲の上に突き出た標高4200mの山の上では天候も良く、澄んだ空のもとで遥か彼方にある天体からやってくる微弱な電波をとらえることができます。




ハワイ・マウナケア山頂の電波望遠鏡SMA。
右後方は日本の国立天文台すばる望遠鏡。

現在建設が進むALMA望遠鏡の完成予想図。
(C)ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)
 ハワイの山の天気に満足しない欲張りな天文学者たちが見つけた「宇宙にもっとも近い場所」、それが冒頭で紹介したチリ・アタカマでした。

 日本や台湾のような湿度の高い場所では水蒸気に吸収されてしまう電波も、年間降水量がわずか数十ミリという極度に乾燥した高原ではしっかりと地上に届きます。

 2000年前後から、日本、アメリカ、ヨーロッパの各国が競うようにこの地に望遠鏡を設置し、今ではマウナケア山に匹敵するほどの観測天文学の一大拠点になりつつあります。

 私は大学院時代、日本の国立天文台がこのアタカマの地に設置したASTE望遠鏡を用いて観測を行っていました。東京からインターネット経由で遠隔操作もできますが、時には現地に行って作業をする必要もあります。

 東京から40時間近くかけて現地にたどり着き、空を見上げて南十字星が最初に目に飛びこんで来た時には「ああ、南半球に来てしまった!」と感慨深かったものです。とはいえ、脂っこい食事の連続、湿度数%にまで下がる極度の乾燥など、日本とは全く逆の日常はけっこう大変。

 空気中の酸素濃度が平地の半分しかない上、遮るもののない平原に吹き荒れる強風の中でモコモコの防寒着を着て、望遠鏡に搭載された電波カメラに冷却用の液体窒素や液体ヘリウムを注入するという、「天文学者」に対する世間一般のイメージとはかけ離れた重労働も経験しましたが、それもすべて、これまでだれも見たことのない宇宙の姿を垣間見るため。

 そして今このアタカマ高地では、日本と台湾、カナダ、アメリカ、ヨーロッパ各国と地元チリの協力のもとで、巨大な電波天文台「アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(ALMA)」の建設が進んでいます。大型パラボラアンテナ66台からなるこの国際観測拠点は2011年にも観測を開始し、私たちの宇宙観をさらに大きく広げてくれることでしょう。

 私もこの夏には2ヶ月ほど現地に滞在し、観測開始に向けた望遠鏡の様々な調整を行ってくる予定です。無事に動き出せば、遠方の銀河で進む星の爆発的な誕生を目撃し、太陽に似た星の生と死を見守り、惑星の誕生とその現場での有機物の存在の可能性までをもこのALMAは解き明かしてくれるかもしれません。

 



 中央研究院天文及天文物理研究所のオフィスがある国立台湾大学の
 キャンパス。旧帝国大学の面影を残す建物(校史館・旧図書館)に椰子
 の並木が意外によく合う。

 対象が誰にでも見える空の上にあるという点で、天文学は本質的にグローバルな学問です。
 街中の研究施設で過去に取得された観測データをコンピュータ上に表示させ、遥かかなたで起きる天体現象に思いを巡らせるのが天文学者の日常ですが、時に国際協力によって運用される望遠鏡を用いて観測を行い、国際研究チームの中でその観測結果について議論し、そこで得られた研究成果を持って世界各地で開催される研究会に参加する、そんな生活を送っている天文学者も多くいます。

 私が所属するASIAAは設立されて20年に満たない比較的若い研究所ですが、ここにも台湾や日本、韓国といったアジアの国のみならず、カナダ、オーストラリア、欧州各国など世界中から天文学者が集い、活気あふれる研究環境が生み出されています。

 これが、僕がこの研究所を最初の就職先として選んだ大きな理由の一つです。もちろん研究だけでなく、日常的に互いの国の文化に触れるという楽しみもあります。
 海外からのビジターと研究所メンバーとのちょっとした会食ともなれば、参加者の出身国が5, 6カ国以上になることも珍しくありません。

 そんな席での話題は研究に限らず政治、スポーツ、宗教から日々の暮らしまで様々で、「地理の授業で習ったな」「世界史もっと勉強しときたかった」などと思うことも多々あります。
 もちろん(というと英語の先生に怒られそうですが)、そういう分野の英語の語彙が足りないというのもよくあることで、まだまだ鍛錬が必要です。

 朝日に通い、大学・大学院に進み、そして上記のように国境を感じない研究所に身を置く中で思い出すのは、朝日高校の講堂ステージ向かって左に大書されていた『羣賢畢至』の言葉。
 協力と競争が並行して進む国際プロジェクトの中で様々な人と交流して刺激を受けることは、研究内容だけでなく人の中身までも豊かにしてくれそうで、科学研究においてもそれ以外においてもやはり大切なのは「人」なのだ、との思いを強くしています。
 進路指導で再考を促された通りプロの天文学者として海外に出るというのは覚悟のいる決断でしたが、それでもここで得たものは大きいと感じます。
 宇宙を見ながら人を知る、そんな天文学はやはり魅力的なのです。

※国立天文台ALMA推進室 のページ



岡山朝日高校同窓会公式Webサイト